虎午との戦い(日記)

新月を迎えました。月はいつだってまんまると存在してくれているのに明るく照らす満月に心を奪われがちです。
見えないものをみる、見ようとしていないだけのものに意識をむける日。

2020年を迎えた頃自分が何を思っていたのか?もう覚えていないのですが、いつだって何かを積み上げて前に進もうとしているのに今年は進むことを遮られ、そろそろ1年が終わろうとしている今、何をしてきたのか?何が出来たのか?もうなかったことにしてしまおうかという気にすらなっています。
とはいえ、出るものあれば入る者有。手放すことでまた新たなご縁が生まれる。不思議なものです。

今年は気づきの多い年でした。ふとしたことから忘れていたはずの過去を自分がしっかり手放せていなかったこと、ただ封印しただけで手放せていかなかったことが明るみになりちょっと自分でもびっくりした出来事がありました。結構こだわっていたのかなということ。
こりゃいかん!とこだわっていたようである場所へ行ってみました。足を運びつつやっぱり嫌だなと思いつつ。気分が悪い。
神社にも寄らせて頂き、おみくじを引いたら

どういうこと?

欲にまみれず?徳を積め?

このメッセージ、今はピンとこないわね。
この日は自分が勝手に紐づけていた思いと場所との繋がりを断ち切ることが目的だったのでミッション強制終了

したらですよ、数か月後のある日ひょんなことからフラッシュバック現象が現れましたとさ。
映像がグルグル年代を遡る。


「自分、結構生きてきたんだな」と思えるほどにグルグル映像が蘇る。夢ではなくて現実に地に足つけて起こるフラッシュバック、結構しんどい、吐きそうになった。
2年前、そう同じ秋でしたね。軽いフラッシュバックに苦しんだことがありました。その際軽く友人に話たら、「えー意外~そんなのらしくない~」と言われ、そうかそうからしくないかとたぶんまた封印したのでした。
今回は封印せずしっかり向き合ってみました。封印したまま手放さないとまたいつか重い扉を開けたくなる日がくるはずですから、荷物は軽くしておいた方がいい。

自分の中に眠るトラウマ(虎午)

虎は五行の木
午は五行の火

木は囚われた思い、悩み
火は神を宿し、愛情、許し

自分の中に眠る思いを自分で許してこないままにしているといつまでたってそこから逃れられない。それがトラウマってやつなのですね。

今回自分を許せたかというとそうでもなくて、ひとつだけ(たぶん)なぜあの時受け入れることしかしなかったのかという思いもあり、ただ受け入れず強行突破していたらそれはそれで後悔していたのかもしれないことなので、何も出来なかったのではなく何もしなかったことが出来ることだったと後悔を捨てるか、それも自分だったと認めるですかね。

二ーバーの祈り(大木英夫 訳)
神よ、
変えることのできるものについて、
それを変えるだけの勇気をわれらに与えたまえ。
変えることのできないものについては、
それを受けいれるだけの冷静さを与えたまえ。
そして、
変えることのできるものと、変えることのできないものとを、
識別する知恵を与えたまえ。

東洋占術で私は石門星。みんな違ってみんないい。受け入れる。問い詰めない。争わない。それでいい。そういった性質があります。
でも時にVS突き詰める、そんなことが出来たらいいのにと思う面もあります。
ないものはないのですが。

無理に入れれば袋が裂ける

一升桝には一升しか入らぬ。

無理に入れればこぼれる。

抑えつければ桝が裂ける。

そういうことなのです。お年頃ですかね、整理しないとね。

今年は色々考えることがありました、お会いする方々とも日々そんな話が出ます。
みんな自分の中に眠るあれこれを整理して次の時代を進んでいけますように。

わざわざ文章にしてブログに残すこともないのですが、
人は忘れてしまう生き物だから、自分への記録として。封印ではなくしっかり手放す。
やはり秋は必要のないものを手放すことをしないと、冬に新しい命を育てられないのでしょう。
ここ1週間ほど腕が痺れてついに・・・五十肩到来か・・・?(涙)
今朝あっ、手放せていないからかも?とちょっと心理的な方面も考えて、セルフ治療したら・・・ほぼ治った。ははは
これで私、手放せたのかもーーー!でもまだちょびっと鈍痛あり。。。まだカスが残っているのか。

コロナ、決してありがたくはありませんが必要とした時だったのかもしれませんね。
いや、決して感謝はしませんけれどね。

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